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秋満義孝の演奏特色は、スイング・ジャズはもとより、武蔵野音楽大学で学んだクラシックの演奏テクニックを充分に発揮した、流麗なロマンチック・サウンドも特筆すべきもので有ります。
その円熟したプレイは、聴く人の心を和ませ魅了せずにはおきません。
S.13年 ピアノを習い始める。
S.20年 終戦と同時にアメリカ軍が駐留し、時を同じくしてジャズ音楽が入ってくる。
S.21年 アメリカのジャズ音楽に大いに刺激され、この年の9月に駐留軍のクラブに出演していたバンドに見習いとして入る。
S.22年 この年の3月にコンボ・バンドにピアニストとして入団、ジャズの演奏を始める。
4月には、武蔵野音楽大学に入学し、クラシック音楽を学ぶ。
S.23年 当時の人気コンボ・バンド「松本伸と一番オクテット」に入団し徐々に脚光を浴び始める。
S.24年 「池田操とリズムキング」に入団する。
S.28年 リズムキングに在団中に、スイング・ジャズ・ピアニストとして頭角を現わし、日本の「テディー・ウイルソン」と言われる程に成長する。
3月に「池田操とリズムキング」を退団する。
戦後の日本の軽音楽界に、ひときわ勇名を馳せた「鈴木章治とリズムエース」を南部三郎・鈴木章治氏らと共に結成し、音楽責任者としてリズムエースの黄金時代を築き上げる。
S.32年 軽音楽界に身を投じて以来の念願だった、自分のバンドを4月に結成する。
S.47年 TBSテレビ生ワイド番組『モーニング・ジャンボ奥様8時半です』に昭和58年までの11年間レギュラー出演し、ファンの層を広げる。



『 秋 満 義 孝 』
*テディ・ウイルソンが絶賛したピアニスト*

 スイング畑のピアニストとして名声を博した故テディ・ウイルソンをして「自分の演奏に匹敵するテクニックを持っているのは世界に二人いる。勿論一人は私でアメリカにいるが、もう一人は日本にいるミスター・秋満である」といわせたほどの人。テディ・ウイルソンの信奏者である。

 戦後、武蔵野音楽大学に学びながら、当時進駐していたアメリカのジャズに興味を持ち、クラシックから転向して、松本伸の”一番オクテット”に参加。その頃としてはモダンな感覚を身に付けており、池田操とリズム・キングでスイングの乗りをマスターして、1953年鈴木章治とリズム・エースの結成に参与。音楽責任者として大きな功績を残し、レコード放送、およびステージに活躍を続けた。
なお、1957年に自己のクインテットを結成し何人の追随をも許さぬスイング・ピアノの魅力を発揮してくれた。
秋満義孝の音楽感性はテディ・ウイルソン・スタイルというだけにとどまらず特にベニー・グッドマンやデューク・エリントンの作品を手懸けたら、日本では右に出るものがいないほど素晴らしいテクニックを鍵盤一杯にくりひろげてくれる。
秋満義孝のジャズ感覚は当時(戦後)日本に進駐していたジミー荒木(のちにハワイ大学教授)が絶賛していることを見ても傑出していることが推察できよう。スイング〜中間派ジャズに最大のテクニックを発揮する。そして歌心もあるだけに歌手の伴奏にも定評がある。
(音楽評論家・石原康行)



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